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夏、7歳の思い出(2) [小説]

 

それから10年後。


 困ったことに、彼女との約束は忘れていた。おそらく何もなければそのまま忘れたままだっただろう。




 このころ、実家の改築があるということで、部屋を片付けることになった。小学生時代の教科書やノートは、無造作にゴミとして部屋の中央に積み上げられていった。

 夏休みの日記。
 ふと目にとまり、読みふける。子供の頃の自分がそこにいる。お世辞にもキレイと言えない字。まるで暗号を解くかのように頭を悩ましながら読んでみる。10分ほどで飽き、ゴミの山へ放る。
 次に出てきたのは自由帳。昔から絵を描くのが好きだった私には、この自由帳は欠かせないアイテムだった。よくまぁ、こんなにラクガキをしたものだ。そう思いながらも、過去の作品を堪能するかのように読みふける。


 ページを進めると、「覚えておく」という大きな吹き出しが目に付いた。そこにはこう書かれてあった……

「美佳ちゃんと10年後に会う。高校生」

 一瞬にして記憶がよみがえる。

そうだ! 約束、美佳ちゃんとの約束!! 俺、今、何歳だ!? ……動揺。

 今は17歳。

本当に? 自分に問い掛ける。間違いない、17歳だ。

夏休みは目の前。危なかった。


 自分でもなんだかわからないが、とても焦る。本当に危なかった。このとき思い出さなければ、一生思い出すことはなかっただろう。

少し気持ちを整理して、改めて10年前のことを思い出してみる。自分でも知らないうちに、右手の小指を押さえていた。



夏休みになり、私は学校の友達と旅行に行くという理由をつけて、3日間の外泊の許しをもらうことに成功した。もちろんウソだ。これは1人旅なのだから……。

1日目は夜行列車に乗り、岩手を目指す。2日目に到着して約束を果たし、3日目の朝に自宅に戻ってくるという計画を立てた。


 上野駅からの夜行列車に乗り込み、窓側の席に座る。ひじを付きながら、まだ明るい外を眺める。一人旅は生まれて初めてのことだった。不安はあるが、準備は整えたつもりだ。
 親戚の名前は覚えていたが、その家の正確な場所は記憶になかったので、まずはそこから始めなければいけなかった。母親に遠まわしに聞き出してみようかとも思ったが、カンの鋭い母親にはこちらのウソはバレてしまうのがオチだ。

そこでふと思い出す。我が家の電話帳には、番号と一緒に住所まで書いてある。あっけなく住所がわかり、本屋に行って正確な場所を地図で確かめる。岩手県だけの詳細な地図があったので、その小さな地図帳を購入した。



 
電車が走り出す。

すでに予習済みだったが、ここで改めて確認する。地図には親戚の家を示す住所に丸を付けておいた。そこから少し右へ視線をズラすと神社のマークがある。どうやらあのサビれた神社は無くなってはいない様子だ。
 売店で買った本を読み、夜を待つ。とてもとても長い道のりだ……


 岩手駅から乗り換えて、さらに5つほど進む。結局、あまり眠ることができなかった。 しかし待ち望んだ光景がそこにあった。そう、目的の地に着いたのだ。

 海のにおい、風の音。まるであの頃と変わっていない。

早速、地図を頼りに歩を進める。朝の9時を回る。日差しが徐々に強くなってくる時間帯だ。

何度も地図を確かめながら進んでいく。時折、電柱に書かれた住所と照らし合わせる。タクシーでも使ったほうが早く、そして正確だったかもしれないが、高校生の私にはここまでの往復運賃だけで予算は精一杯だった。
 30分ほど歩いていると、今進んでいる道が登り坂になっていることに気付く。そう、あの場所は確か高台になっていて、今歩いて来た場所を展望できるようになっている。そうやって進むべき方向が正しいことを体で確認する。
 しばらく進んでいると、記憶にあるような無いような……、そんな光景が視界に映る。なんともあやふやな記憶だ。しかしなぜか見たことがあると感じてしまうのは気のせいだろうか。

しばらく進んだのち、改めて地図を確認する。現在位置のだいたいの場所に指を置く。今度は電柱を見つけるために、周りに視線を配らせる。住所の書かれたものは見つからなかったので、しばらくまっすぐ進むことにした。

100メートルほど進んだところに住所の札を発見する。地図と照らし合わせる。親戚の家は近いハズだ。しかし住所が一致しない。

現在位置を地図で確かめると、どうやら一本奥の道へ来てしまったようだった。戻ることも考えたが、この先の突き当たりで右に曲がれば、元の道に戻れることが判明する。そのまま歩を進めることにした。


徐々に日差しが強くなり、セミの声が一段と強く鳴り響く。周りには家も少ない。T字路にぶつかり、右に進む。しばらく様々な考えが頭を巡る。

ふと日差しが弱まったことに気付き、空を仰ぐ。太陽が雲にでも入ったのだろうか。空を見上げたその視線の中に、あの"木のトンネル"が飛び込んできた。

そうか、この道に出るんだ!

 心が沸き立つ。思い立ったように後ろを振り向く。T字路を右に曲がってきたが、左に行けば、その先には河原があったことを思い出す。10年前の夏、1日だけ遊んだ男の子たち。顔は全く思い出せないが、魚を追い掛け回す自分とその子たちの姿が浮かぶ。あの河原にも行ってみたい。けれど、ここが"木のトンネル"ならば、すぐそこにあの神社がある。

高鳴る鼓動を押さえながら、ゆっくりと、そしてかみ締めるように、一歩一歩足を進めていく。徐々にトンネルが終わりへと近づく。そして柵が見えてきた。ほころぶ顔をそのままに、柵を目指して道を進む。


 うっわ~!

10年前と変わらない光景がそこにあった。むしろ気持ちはあの頃に戻っていた。10年前の記憶の続き、そんな気分だった。

太陽に照り付けられた町並みと、その先には青く輝く海が見えた。あの頃も高いと感じたが、かなりの高さがあることを再認識する。遠くまで見渡せるこの場所は、まさに絶好の穴場だ。自分の中で、この場所がもうひとつの故郷のような感覚に陥った。

しばらく町並みを眺める。

そうだ! 後ろを振り向く。あの頃と同じ鳥居が立っていた。吸い込まれるように、そちらに歩を進める。その歩みに合わせて鼓動が高鳴っていった。


 鳥居をくぐると、全身が木の影で覆われる。少し寒気を感じるぐらい、ここは雰囲気がガラリと変わる場所だった。まるで10年前と変わらない。木の葉の匂いがツンと鼻を刺激する。

目の前には古びた賽銭箱と、人がひとり住めるぐらいの大きさの寺があった。あのころと変わらないが、明らかに手入れのされていない状態。それでも私は手を合わせて、帰って来たことを報告する。

 ハッと思い出す。そうだ、あのとき苦手な読書を好きになるようにとお願いしたんだっけ。今では特に苦手意識を感じずに本を読んでいる。いつのまにか、そう、自然にそういう自分になっていた。不思議さと面白さで苦笑する。(続)


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